精算と桜

うさぎがお星様になってから一ヶ月とちょっと…
未だうさぎがいないという実感がない。まだ実家に、病院に、どこかにいるような気がしてしまう。
気を抜くと、涙が止まらなくなる。
こんなに涙って出るんだな…と思うほど涙が出る。会いたいよ。

3/14日(土)
うさぎの死後、三週間。やっと入院費などの精算が終わった。
死後、一週間した頃に病院から明細書と振込用紙が送られてきて、なんとなく内訳を見てみた。見ると、かなり多くの処置料がチャージされていて、「???」と思うようなことが多々あって、以前の明細書と見比べてみた。症状が違うので処置も違うのは当然だとは思うが、実際に処置されていなそうなものが幾つかあったので、病院で計算し直してもらった。

計算し直してもらうと、何時何分に何の注射をしたかなども明確になり、「これ…注射しすぎじゃない?」とか、私が毎日行っていたのに知らされていない処置、、飲んでもないお薬のお代などなど、よく分からないことが出てくるわ出てくるわ。。なんだか悔しくて、また涙が出た。

結局、最初の請求よりだいぶ安くなって、院長自ら深々と頭を下げられ終わり。

ここの病院は、人間でいうところの徳洲会のような?個人病院のとっても大きな病院。
私が後悔しているのは、この病院だけではなく、元気なうちに大学病院などのより多くの症例をみてきている専門家にうさぎを診てもらわなかったこと。脳炎や脳神経専門の先生に一度でも診てもらい、MRIも診てもらっていれば…脳炎だったのか脳腫瘍だったのか、もう少しハッキリしていたかも知れない。
うさぎの主治医の先生は循環器系の専門の先生だったし、主治医の先生が移動になった後に診てもらっていた院長は外科。やはり、100%お任せじゃなく、普段はこの病院でも、きちんと大学病院にも行くべきだったと思う。すごく後悔。。

精算の時に、院長先生に約1ヶ月胸の中で悶々としていたことを聞いてみた。脳腫瘍だったのかも知れないなんてことはない?って。
可能性は捨てきれないと言われた。ワンコは腫瘍マーカーがないし、MRIはコントラストだから、結局のところ脳炎というのも予想でしかなくて、もしかしたら脳腫瘍だったということもあったかも知れないと。本当に典型的な腫瘍であれば分かるんだけどね…と言われた。
先生が正直に答えてくれて、なんだかホッとした。うさぎも私も、すこし救われた気がした。

先住犬のさくらは、このところよく うさぎの愛用していたドーム型ベッドの前でワンワン吠えてみたり、毛布の下を探してみたり、さくらもたぶん、私と一緒でうさぎがまだ何処かにいる気がしているのかも知れない。

私はまだ、何をして良いのか分からず…とりあえず、フォトブックを作った。選びきれないので一年ずつのブックにした。それでも選びきれなくて。笑
今回選ばなかった写真で、また別のフォトブックを作ればいいかな。。なんて思いながら、昨日やっとオーダーし終わった。

小さな頃からの写真。かわいい写真がたくさん出てきた。写真を見て笑って泣いて、やっぱり気持ちが抑えきれなくなる。うさぎが大好き過ぎて。

usaku_2014

↑↑ 去年の週末、マンションの向かいの運河沿いの桜を見に行った写真。

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↑↑ 2011年のお花見の写真。

桜は毎年一緒に見に行っていた気がするのだけど、桜と一緒に写っている写真が残っていたのはこれだけかな。。探せばあるかも??

今年も一緒に行きたかったなー

うさぎの旅立ち

2/20(金)
6年目の「うちの子記念日」

診療時間が終わる19時ごろ、車の関係で一度家に戻った。
夫にご飯を作り、夜から出かけるという夫に、準備ができたら病院まで送ってもらう予定だった。

21時半、心配で一度病院に電話をすると、昨日と同じ看護師さんのような声。不安がよぎる。呼吸は大丈夫か、発作は大丈夫か、何かおかしなことはないか、きちんと診てくれているかなどなど…私の質問に全て「大丈夫」と答え「落ち着いている」と話した。夕方、私が見たときから発作も起きていないと。

夫はぐずぐずしていてなかなか準備ができない。22時半、私はもう上着も着てポーチも持って、あとは出発するだけの体制で待っていた。夫、ぜんぜん支度ができない。プリントをしておいてあげるといったのに「終わった」と言って断ったものも、何でやってくれないの?などと意味不明のことを言っている。私は早くしろとイライラしていた。しかし、何か言うと怒って、怒ると送ってもくれないかもしれないので心の中でイライラしているだけだった。

22:40病院から電話が鳴った。うさぎの呼吸が止まってしまっている、心臓も止まってしまっている、いま先生が蘇生をしてみているが、早く病院に来て欲しいと。
私は家を飛び出し、タクシーを捕まえようと必死で道路まで走った。しかしタクシーなんて走ってない。夫が電話をしてきて、送ると言う。駐車場で待っているがなかなか来ない。来たかと思ったら電話をしていてなかなか出発しない。私は泣きながら早くしろと叫び続けた。

この日の夜は、姉がさくらを連れて泊まりに来る予定だった。22時30分~23時ごろに直接病院で待ち合わせだったので、いまどこを走っているのか電話する。運転中のようで繋がらない。

病院までの道のり、全ての信号に引っかかる。

やっと病院に着くころに姉から高速を下りたと電話が入った。急いで来るように伝えて私は病院の中へ。
当直は前日と同じY先生だった。看護師も同じ。診ていなかった、直ぐにわかった。

処置室に案内されると、息をしていないうさぎに人工呼吸器がつけられ、先生はただ突っ立って片手で心臓マッサージをしている。まるで、私が呼び鈴をならしたら始めましたといわんばかり…ただのパフォーマンス。
私がやめろというまでずっとやっているらしく、片手で、もう動いていないうさぎの心臓をずっと押し続けている。そのわざとらしいパフォーマンスに腹が立った。やめろなんて言うもんか!!と思った。言わなかったので、この後もY先生は10分ほど片手で心臓マッサージを続けていた。「うさぎちゃん頑張って!!」「戻ってきて!!」なんて一言もない。ただ、突っ立って片手で胸の辺りを押していただけ。

看護師は一歩下がって診ているだけ。この二人は、前日も入院患者のことを放っておいて処置室にいなかった。なぜ、この日、この二人…

いい加減、腹が立って、Y先生に何をしているのか尋ねた。先生は「心臓も呼吸ももう止まっているけれど、私がこうしているから、この心電図などは反応している、外してもいいですか」と。こいつ、殺したい。私はそう思った。

私が病院に着いたとき、うさぎの舌は粘土のようなグレーベージュのような色をしていた。およそ、さっき死にましたという色ではなかった。もし、さっき死んだのであれば、まだ舌はピンクなはず。発作があってチアノーゼを起こしていたのなら青いはず。そんなの素人だって分かる。
「見ていなかったんでしょ?」の質問に先生は「呼吸がだんだん弱まってきて・・・」と言う。「発作があったんでしょ?だって、目を開けてるじゃない!!この2日くらい、ずっと目を閉じたままで、発作のときだけ目を開けることがあったの、先生知らないでしょ」という言葉に、先生は黙り込んだ。

うさぎを連れて帰る準備をすると言われ、診察室で待たされた。待っている間に母に電話をしたが何を話したか覚えていない。

準備が終わり、もう動かないうさぎを私が抱っこし、車で家まで連れて帰った。
うさぎは下から体を温められていたせいか、まだ少し温かかった。でも、いま死んだにしてはぬるい、そんな温度だった。

うさぎの前足は注射の跡で真っ青。体も本当に痩せてしまって、骨がゴツゴツしていた。
食べるの好きな子だったのに、最期の何日間かは食べることもできなかった。お腹いっぱい食べたかっただろうに。

ゴメンね。

辛かっただろうに、寂しかっただろうに、痛かっただろうに、苦しかっただろうに…
帰ってきたうさぎは何だか笑っているように見えた。もう動かないうさぎの写真を何枚も撮ったが、どれもこれも笑っている。

うさぎと朝まで一緒に寝た。

「うちの子記念日」のケーキがお供えになってしまった。

2/21(土)うさぎとさくらと私で長いことすんだ蒲田のマンションにうさぎを連れて行った。結婚して1年住んだ奥沢のマンション、初めて発作が出たときに凄く良くしてくださった動物病院の前も通り、実家へ。
皆に会って、そしてまた東京に帰った。
私の枕の上で寝るのが好きだったから、枕の上に少し寝かせてあげた。
ベッドの横にソファを置いて、横に並んで最期の夜を一緒に過ごした。

2/22(日)大田区の火葬場で最期のお別れをした。
春になるとお花見ができる穴場な公園があって、そこに私たちもたまに遊びに来ていた。その思い出の公園の直ぐ近くの葬儀場で葬儀をしていただいた。
もうこれで体にも触れなくなるんだ…

火葬後のうさぎ
頭の中に黒い大きな塊があった。癌?腫瘍?
よく人間でも腫瘍のあったところは黒く残るというが、うさぎの首から脳にかけて、黒い大きな塊が残っていた。もしかして、脳腫瘍だった?脳炎だと思っていたが、脳腫瘍だったの?
泣き叫んでいたのは、脳腫瘍で痛かったの?触らなくても叫んでいたというのが納得できる。
まさかの誤診?

ここから、入院に関してのグレーな部分がたくさん出てくるようになる。

うさぎ…
早い時点で連れて帰ってくれば、もう少しは生きれたかも知れない。

まだ、会計も決着しない。次から次へ、投与していない薬の発覚、投与しすぎていた薬の発覚、昏睡にさせてしまった薬の乱用。論文のためのデータ収集?と思わせるようなこと…もう、うんざりするようなことばかり。

本当に腹が立つ。
この後の話については、また後日まとめようと思う。

大好きなうさぎちゃん
姉ちゃん、うさぎちゃんと出会えて本当に幸せだった。
たくさん、たくさん、ありがとう。

頑張ったね。
うさぎちゃんは世界で一番いい子だよ!

また会いたいよ。

usagi

2/20(金) 入院10日目

2/20は、うさぎの「うちの子記念日」だった。
6年前のこの日に、うさぎをお迎えした。
大切な大切な記念日。

—–

朝7時頃、病院へ電話をする。Y先生が出て、夜一度ジアゼパムの注射をしたと。
注射をしたということは発作がでてたのですか?と質問すると、チックが出てたので、チックから発作になるので注射した…と言われる。予防的?見てなくても大丈夫なように予防的に打った?そんなに多用できない注射を、なぜ? 怒りがこみ上げてくる。

朝のバタバタな時間を避け、10時過ぎに病院へ。シクロスポリン2日目。うさぎは相変わらず寝ている。前日よりチックは少なそう。

酸素室の前で張り付く。

この日のうさぎは、身体がブルブル…ブルブル…ブルブル…といつもと違う震えがあった。姉からメッセージがあったので、そのことを伝える。するとシクロスポリンの副作用の振戦ではないかと言う。そうだとすれば効いてきている証拠じゃない?とかいろいろと言ってくる。
振戦なんて言葉聞いたこともないから、私には分からない。分からないからA先生に聞いてみたが違うと言われる。副作用の振戦ならば、もっとずっとブルブルしていると。

この日は発作が少ない。お薬のおかげ?

午後、一度家に帰ってうさぎにケーキを作った。週末作ってあげようと思ってたけど、この日じゃないと意味がない!と思って作った。

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このケーキ…さつま芋をマッシュして水抜きしたヨーグルトをクリーム代わりに塗った簡単なケーキだけど、うさぎはいつも喜んで食べてくれた。寄り目になりながら食べるほど。また食べさせてあげたい。

夕方、また面会へ。うさぎに、酸素室のガラス越しにケーキの写真を見せた。早く良くなってお家に帰ろう、ケーキ食べようと話しかけた。

うさぎの呼吸を数えると一分間に21回。たまに呼吸が弱くなることがあるが、前日より力強い気がする。

院長先生と今後のことを少し話す。

お薬を3日やって変わらなければ、私はうさぎを家に連れて帰ってあげたい。けど、点滴や注射は私じゃできないし、どうすれば良いのか…と院長先生に話した。
私は自分の考えがまとまらないし、まとまるわけがなく、思い切って院長先生に「先生のお家の子ならどうしますか?」と聞いた。先生は自分で何かしらできてしまうから参考にならないだろうけど、自分の家の子なら家に連れて帰って少しでも長く一緒にいられるようにするかな…と物凄く考えた後に答えた。

うさぎ、連れて帰ってあげたい。

診療時間が終わるので、一度帰宅した。

2/19(木) 入院9日目

ここからは、ただただ覚えていることを書いていこうと思う。
いろいろなことがあり過ぎて、上手くまとまらないかも知れないけれど、ただただ書いていこうと思う。

—–

2/19も前日と同じ理由で会社を休んだ。
朝7時くらいに病院に電話をするとH先生が当直だったらしく(H先生、2日連続の当直)、うさぎの様子を教えて下さった。発作があったので一度ジアゼパムの注射をした、注射の後は落ち着いて寝ているとのことだった。

思い立って、ずっと洗おうとして洗っていなかった さくらとうさぎのキャリーバッグなどを洗濯して、そろそろ面会に行こうか…と思っていたところに院長先生から電話。シクロスポリンが届いたので投薬を始めたという報告の電話だった。やっと始められた!効いてくれることを祈りながらうさぎの面会へ。

うさぎはこの日も酸素室にいた。前日までは起き上がろうとしたり、見えていたかは分からないが目も開いていた。でも、この日は目を閉じたまま。院長先生に聞いたら、今日はずっと寝てしまっていると。昏睡…という言葉を院長先生が使った。違う、寝ているだけ、、私はそう思おうと必死だった。

大学に勤務する薬剤師の姉も、うさぎの様子が気になるようでメッセージを頻繁にくれる。前日より減った気がするが相変わらず小さい発作が出ていること、呼吸がたまに乱れることなどを伝える。

姉にジアゼパムは一日何回注射が出来るのかとか、薬について、今まで先生に任せっきりだったお薬のことをいろいろと聞いてみた。
ジアゼパムは繰り返し投与の際には呼吸器系、循環器系の抑制に注意ということを教えてもらう。うさぎの呼吸がッ乱れることがあるのはジアゼパムのせい? なんとなく怪しく感じてくる。

新しく始まったシクロスポリンのこと、電解質の点滴のこと、グリセリンの点滴のこと、その他うさぎが投与されているらしき薬のことを姉と話していると、姉が「乳酸アシドーシス」について先生に聞いてみてと言い出す。何のことだかサッパリ分からないので、姉から院長先生に電話して聞いてもらうことに。

姉はうさぎの状態が良くならずに悪くなっていることを、薬の飲み合わせが悪いのではないかと院長先生に聞いた。が、私の時と同じで、院長は姉の質問にも「人間と違って動物だと…」と言ったかと思うと「脳炎だから…」「脳炎だから…」と言って最終的に「脳炎」と言う言葉で終わらせるらしい。血液のPH値と乳酸値を測ってくれとお願いしたが、結局のところ、姉がモンスター的な感じで話は終わってしまったらしい。

15時頃一度外にでる。ご飯を食べて、帰る気がしなかったので車の中で少し横になった。17時ごろまた面会へ。うさぎは相変わらず寝ている。目がピクピクし、口もピクピクしてくると発作が始まる。何度か繰り返すとジアゼパムの注射。その繰り返し。ジアゼパムは一日3~4回くらいの使用?もっと? 少しくらいの発作では使わないが、何回か繰り返すと注射をする。点滴のところに注射するので、うさぎの細い血管は耐え切れなくなって皮下に漏れてしまう。逆の手に点滴を変えると、可哀想に、点滴をしていた部分がアザになって腫れている。痛そうで本当に可哀想。

うさぎ、発作があると、時々口を大きく開けて苦しむようになってきた。呼吸が本当に心配。看護師さんにそのことを伝えて、19時ごろ、診療時間が終わるので一度帰る。

21時過ぎに、また面会へ。当直は若い女性のY先生と、昼間は見たことのない事務的な話し方をする看護師さん。遅番のT先生も残っていたが30分くらいで帰る。

この週は入院している子は少なかった。少ないからか私に気を遣ってか、先生も看護師さんも全くこちらに来ない。看護師さんに関しては寝ているのか?姿もない。Y先生は大きな本を開いて勉強をしてしまっている。他の先生や看護師さんの時は絶対にこんなことなかったのに、なんで?なんで入院している子のこと近くで見ていないの?重病の子がいないから?少なくともうさぎは重病だけど??…そんなことを考えながら酸素室に貼りつていた。

そうこうしていると、電話が何件かあり、先生は緊急対応。

そんな中、うさぎに4度も発作があった。いずれも20~30秒くらいの大きくはないもの。先生を呼ぼうと思っても、先生も看護師さんもいない。私は酸素室の外から、うさぎを励ますことしかできない。少しすると先生が戻ってきてジアゼパムの注射をしてくれた。少し落ち着く。

院が慌ただしくなってきたので、ものすごく心配だったが、注射で落ち着いているうちに帰宅することに。なにせ入院しているのは処置室。先生が忙しく処置していると邪魔になる。ものすごく居づらい。

帰り際、Y先生に呼吸のことについて念を押した。不安なまま帰宅。

帰宅しても、先生たちが忙しかったら見てもらえないという心配から、再度電話をして、呼吸が乱れることがあることを看護師さんにも伝える。看護師さん、ものすごく軽い受け答え。大丈夫なのだろうか。ますます心配に…。

心配すぎて寝たくない。眠れない。

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うさぎちゃん、明日の朝になれば
シクロスポリンの血中濃度がMAXになるよ。
お薬が効いてくるからね。
そしたら良くなるからね!
美味しいご飯、いっぱい食べよう!
ずっと食べてなくてお腹すいたでしょう。
早く起きて、お家に帰ろうね。。

そう、心の中で、うさぎにずっと話しかけていた。

2/18(水) 入院8日目

2/18から家族の具合が悪いと言って会社を休んだ。
家族が具合が悪いのはウソじゃない。朝から病院へ面会に。。

酸素室に入れられ、部分発作を定期的に起こしているうさぎ。
意識はあるのか?起き上がりたくて動く。顔にチックが出てくると全身発作になったりする。発作が何回かあるとジアゼパムの注射をして眠る。

先生たちは、ここまできてやっと脳炎の治療を始めようと動き出す。キロサイトが効かなくなったので、シクロスポリンをやると。しかし、今のうさぎは嚥下ができない。なので注射(点滴)で治療を行うらしい。
…と説明は受けたが、常備している薬ではないので今朝頼みました、明日の朝届きます、、と。
うさぎは一週間も前から入院しているのに、月曜日まではお水も自分で飲めた。それで昨日から飲めなくなって予定していた免疫抑制剤があげられず延期。昨日の時点でなぜ頼んでもらえなかったのだろう。
昨日のうちに頼んでおけば、この日の朝から点滴を開始できた。泣きながら抗議をするが、院長が別病院に出勤しているとのことで皆んな黙りこみスルー。
泣いている私を見てか、うさぎが涙をこぼした。うさぎはまだまだ生きようと頑張っている!意識がなさそうに見えるが、意識はある!何が何でも、できることはやってほしいと先生に伝える。

うさぎが少し落ち着いたので、一度帰る。運転中、「そうだ!他の病院にあれば私が車で取りに行けば良いんだ!ここの病院は5つも病院があるのだから、しかもそんなに遠くない場所に5つもあるわけだから、取りに行ける!」そう思って帰宅後直ぐに病院に電話。調べてくれたがどこにもない。なんだか腹が立ってきて、院長がこの日出勤していた病院に電話。問屋に無理をいって、どうにかこの日中に持ってきてもらってくれと泣きながら頼む。
しかし、それもムリ。無理を言って次の日の朝だとか。
もう、本当に頭にきて、なぜパクパクご飯を食べていた先週から脳炎の治療をやってくれなかったのかと先生を責めた。あんなに痛がっていたのに、痛み止めの飲み薬を増やしたのは月曜日。先週は何をやっていたのよ!!
私の訴えに、院長はまるで匙を投げたように「脳炎は進行性だから…」「脳炎が進行しちゃったんだよ」「脳炎、、」「脳炎、、、」「最初に脳炎のこと、予後はどうなるとか聞いたでしょう」「うさぎちゃんは1年以上も生きてて、本当によく頑張ったよ」とか何かと脳炎を理由に諦めろ的なことを言ってくる。
そして、明日薬が届いたら点滴するから、そばに居てあげられるなら居てあげてくれと言われて電話を切る。

夕方、また病院へ。業者が来ているとのことで、いったん酸素室から出されて、通常のケージにいた。
相変わらず、チックと発作が何回か。苦しそうで可哀想で、でも私がメソメソしたら伝わってしまうと、一生懸命に涙をこらえてうさぎを励ました。触っても良いとの事だったので、頭や身体をナデナデした。すごく痩せてしまっている。
うさぎが起きたがってもがくので上体を少し起こしてあげた。そしたら落ち着いて、私が支えながらの伏せのポーズで、満足気に可愛い顔をして私の方を見た。ベロをチョコっと出して、いつものうさぎの可愛らしい顔で。

たまにベロが動いているのを何度か見たので、看護師さんにベロを少し水で濡らしてもらった。うさぎの舌が動いた!やっぱり!動きにくいのは乾いているからだと思い、看護師さんに、たまにたまに水で潤わせてあげてくれと頼む。

業者さんが帰り、再び酸素室へ。この日はたくさんうさぎに触れた。
嬉しい。可愛くて可愛くて、本当に嬉しかった。

帰り際、入院中初めて写真を撮った。

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早く、一刻も早く薬が届きますように。